第3場 マーチ家の居間
(日課である人形との散歩から戻ってきたベスを姉妹が大騒ぎで迎える)
ジョー : ベス、早く早く!(おおきく手招く仕草)
メグ : (高揚した様子でベスに近づく。)お隣のお祖父様から贈り物よ!(「さあさあ!」と“贈り物”の方へ案内しようと。)
エイミー : 聞いて、聞いて!おじいさまがベスにピア…むがっ!(ジョーに口をふさがれる)
ジョー : (エイミーの口をふさぎながら、もう片方の手で示して)あっちを見て!
エイミー :(何とか次姉の手から口だけ逃れると、姉の言葉にかぶせるように、興奮気味に) ほら、あれ見て、あれ!
(居間の奥には縦型の小さなピアノがあり、蓋の上には「エリザベス・マーチ嬢」宛てのカードが置かれている)
ベス : え?(一瞬きょとんとした声を上げてから、まじまじとカードとピアノを見つめ)憧れていたピアノ、わ、私に……?(信じられないといった風に言ってからようやく理解した様子だったが、驚きに咄嗟に倒れてしまいそうになり、ジョーに掴まろうと)
ジョー : (ベスをそっと支えながら)そう、あなたの。ローレンスのお祖父さまってすてきな方やね。世界で……うーん、2番目くらいにすてき! いちばんはお父さまとお母さまやから……。(ベスを一度ぎゅうとしてから解放するとその手にピアノの鍵を渡し、にぎやかな声で)
ベス : (細い声ながら高く上がるトーン)し、信じられないわ。…こんなの…なんだか、変な気持ちがして。胸が壊れてしまいそうよ。だって、素敵過ぎて……!(支えて貰っていたが、ジョーの抱擁を受けてから離れると、渡されたピアノの鍵を受け取り。そっと視線を落とし)
メグ : (嬉しそうに笑いかけながら。)ベス、しっかりして。(ベスの両肩にそっと手を置いて。)大丈夫、これは夢でも幻でもないわ。
エイミー : (なぜか得意そうな顔でピアノをながめたりさわったりしていて)ねえねえ、ベス、弾いてみてよ。聴きたいっ!(目をキラキラさせながらお願いし)
(早速姉妹達に勧められてピアノを弾いてみるベス。それぞれピアノに寄り掛かったりしながら、その調べに聴き入って)
メグ : (心地よい音色にうっとりとした表情で耳を傾け。)音色も素敵だけど、この装飾。何て綺麗なの。(プレゼントされたばかりのピアノ。目を輝かせつつも、おそるおそる手を伸ばし。)蝋燭立ての細工も椅子も完璧だわ…。(同意を求めるように姉妹達に笑いかけ。)
エイミー : (うっとりとピアノの音色に聴き入っていたが、長姉の言葉に大きくうなずいて)こんなステキなピアノを、あの方がベスにくださったんだわ、ああ、なんてステキなの!!わたし、みんなに自慢する!(キラキラなまなざしを、ピアノから姉たちに向けて)
ジョー : (ベスが奏でる音色に身体をゆらりゆらりと左右に揺らしながら聴き入りながら、メグのことばに頷いて同意を示し。それからベスのほうへ視線を向けて)ねえ、ベス。ローリーに聞いたんやけど、ローレンスさんって亡くなったお孫さんをめちゃくちゃ可愛がってたんやって。(視線はベスからピアノへと移り)その方の形見を頂いたんやから、……お隣にお礼に行かなきゃね?(最後はやや含みをもって、からかうような声で)
ベス : (皆が聞き入ってくれるまま、夢中でピアノを奏でていたが。ジョーの言葉にはっとした顔になり、静かに曲を終わらせて)それは…。(からかう響きに一瞬視線を彷徨わせたが、すぐにふっと笑い)ええ、そのつもりよ。今すぐ行ってくるわ。(立ち上がり、しっかりした足取りで出ていく)
(残された姉妹達の呆気にとられた顔。ライトフェードアウト。幕)
幕間3 マーチ家からローレンス家へ続く径
(ベスが一人、下手袖から出て来て上手へと向かう)
メグ : (声だけ)ほ、本当に行ってしまったわ。(戸惑いを含んだ声が会場に響く。)
ジョー : (声だけ)うそや、あのベスが……?(やや心配をも含んだような声でメグに続き)
エイミー : (声だけ)ええー?ほんとうにお隣へ一人で行っちゃった!あのベスが、ローレンスさんに会いに!(最後はおどろきのあまり悲鳴のよう)
ベス : (決意に満ちた表情。普段の様子からは信じられないほどしっかりした足取りで歩きながら)今、お伺いしておかなくては…。また、思案している間に怖くなってしまうといけないもの。(よくなるのよ、とつい呟いて)勢いも時には大事だわ…!(頷きながら歩みを進めて。上手袖へと消えて行く)
第4場 ローレンス家の書斎
(幕が開いてライトアップ。ローレンス氏は書斎の椅子に座っている)
ローレンス氏 : (持病の膝の痛みが今日はことのほかひどく、イライラと落ち着かない様子)……っ う、(身体をちょっと動かす度に痛みで唸り声がもれてしまう)……はぁ。(思わず零れてしまうため息。それでも机の上の書類に目を通そうとしており)
ベス : (ローレンス氏の書斎の扉の前。ノックしようと手を上げるものの、中から聞こえる唸り声に、びくっと動きを止めてしまっていたが。唇をきゅっと結ぶと、ようやく震える手でノックする)
ローレンス氏 : (書類に集中しており、ノックに気づかず。そうして何度目かのノックでようやく気がつくと)誰だね。入りなさい。(身体の痛みから、機嫌の悪い声で応じて)
ベス : (やや穏やかに聞こえる呼び声に後押しされ、静かに扉を開けて)あ、あの… (書類に目を通しているローレンス氏に一礼すると、向かって一歩踏み出し。両手を握り締めて落ち着こうとしながら、声を絞り出す)
ローレンス氏 : ――……っ!(扉を開けて入って来たのが使用人ではなく、隣家のはにかみ屋の少女であることに驚く。想定していなかった来客に、声にならない声を漏らした後、しばしあっけにとられたままその姿を見つめていて)
ベス : (胸元で震える手を握り締めていたが、やがて顔を上げ)わ、私――お礼を言いたくて参りました…だって、あの…あんな素敵な…(感極まってしまって続けるべき言葉を失い、詰まって絶句してしまったが。何とか感謝を伝えたい気持ちからか、ローレンス氏の側に駆け寄って。その首に勢いよく抱き付こうと)
ローレンス氏 : (驚きのあまりしばらく固まっていたものの、言葉に詰まりながらも気持ちを伝えようとしている姿に非常に感動し。そうして勢いよく抱きついてきたベスをできる限りやさしく、そっと膝の上に抱き上げる)……いや、何の。気に入って貰えたなら何よりだ。わしも嬉しい。
ベス : (勢いがつきすぎた気がしたものの、受け止めてくれる姿勢に深いお詫びと感謝を目で示しつつ)気に入らないはずがありません!わ、私、びっくりして。でもそれ以上に、本当に嬉しくて。(緊張がほどけ、つかえながらも気持ちを言葉にしていき)
ローレンス氏 : (懸命に伝えようとしてくれている言葉に耳を傾け、)……そうか、そうか……。よければいつか、聴かせておくれ。(目を細め、何度もゆっくりと頷く。気づけば先ほどまで苛まれていた膝の痛みもすっかり忘れたようで、自然な仕草でベスの髪をやさしく撫でる)
ベス : (髪を撫でられると最初はびくっとしたけれども、ローレンス氏の優しさに、はにかみながらも受け入れて。目を細め――徐々に微笑みが増えていく)
ナレーター:落ち着いた二人は、まるで実の祖父と孫娘のように、仲良く色々な話をする。中にはローレンス氏の身体を労るベスの謝罪もあったかもしれない。
(ライトフェードアウト。幕)